開門紅
玄牝という単語に開高健を思い出したというか世界の始まりというかギュスターヴ・クールベというか「L'Origine du monde」というか、まあ言いたいことはまんこであることは賢明なる読者諸兄におかれてはお気づきであろうが、何かと話題の映画「玄牝」から連想したあれこれ。
言うまでもなく「玄牝」とは、自然分娩至上主義で賛否両論(一部に熱狂的な信者がいるだけのことを賛否両論と言っていいものなのか疑問は湧くのだが…)の吉村医院を、河瀬直美監督が描く。その内容について、怖いもの見たさもあって注目が集まる一本であります。中でもそのきっかけを作ったのがガース柳下氏のこのエントリ
http://garth.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/2010-0999.html
映画としてはこれがなかなか面白いのだ。河瀬直美は自分でも自然分娩で産んだ(その瞬間を映画に撮った!)くらいの人だから、基本的には吉村医院とそこに集う妊婦たちにシンパシーを抱いているのだが、同時に吉村病院のほころびも撮ってしまっている<中略>助産婦の一人が、自分の妹が「ここの妊婦にはついていけない」と感じて吉村医院での出産を拒んだことを告白するとか。あきらかに河瀬直美のドキュメンタリスト魂が本人の思想を裏切っている。結果として吉村医院のカルトっぽさが浮かび上がってきているのである。
怖いですね、恐ろしいですね、しかし私が興味を持ったのは「河瀬直美のドキュメンタリスト魂が本人の思想を裏切っている」という点。それは感性が鋭すぎる、観察能力が高すぎるゆえなのか?それとも「あばたもえくぼ」式で、それすらも魅力と思っているのではないか?
そこで思い出したのは、国産ノンフィクションの名著と名高い「不当逮捕」。
- 作者: 本田靖春
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1986/09/08
- メディア: 文庫
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主役である立松和博記者は、本田氏の先輩に当たる読売新聞社会部の敏腕記者。司法関係の血筋に生まれ、検察ネタには滅法強く、おまけに女性にはモテモテ。この特ダネ記者が、検察内部の権力闘争に巻き込まれていくさまが見事に活写された作品であります。
ちなみに検察を対象にしたノンフィクションとなると大体に於いて公安検事と経済検事のヘゲモニー闘争にさかのぼる傾向があるのだけれど、本作も例外ではなく、氏のネタ元であった経済検事派追い落としのため、公安検事派が偽情報を流すことで対立派を追いつめようとする権力闘争というのが大筋なのですな。
この本筋の方にだけ注目すればいいのだが、どうもなんとなく立松氏に感情移入しづらい部分が所々あって……たとえばどんな人の懐にもさっと潜り込む辣腕記者の立松氏、ネタ元は全て自分で開拓とは言いながらも家族の交友の影響もあってじゃねえのとの思いはぬぐえないし、女にもてまくるだけならともかく、同僚が惚れていた女とヤッて、ベッドで二人で撮った写真を当人に見せるあたり、悪のりが過ぎるとしか思えんのだ。超コミュ強。
対象の欠点をも描くことで「肉付け」し、よりリアリティを感じさせることは当然ある。しかしそれが作品全体の印象にまで影響することもあるわけですな(『不当逮捕』についてはゲスい受け止め方ですけど)。つまるところ、ファクトを丹念に拾っていくことで、作者が意図せざる形で読者に疑念を抱かせてしまうこと、それもドキュメンタリーの宿命なのでありましょう。
ただ、えくぼをえくぼとして描いてもえくぼギライな人には通じないわけで、そこが信者と非信者の分けたりしてな。世の中ままならんのう!
……ああ、ドキュメンタリストの才能かあばたもえくぼかという話か……まあ両方じゃね?